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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)241号 判決 1968年7月11日

原告

関根金次郎

被告

上保鉱二

ほか一名

主文

1  被告上保鉱二は原告に対し金九八万円および昭和四三年一月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  被告上保鉱二に対するその余の請求および被告上保春枝に対する請求は、棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告上保鉱二との間に生じたものは全部同被告の負担とし、原告と被告上保春枝との間に生じたものは、全部原告の負担とする。

4  本判決第一項は、確定前に執行できる。

事実

第一、請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自金一〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、事故

(1)  日時 昭和四〇年一二月二九日午後一時三〇分

(2)  場所 都北多摩郡岩戸一四〇五先世田谷街道

(3)  加害車 普通貨物自動車品川四ふ二〇二八号

右運転者 被告鉱二

(4)  被害者 自転車乗用中の原告関根金次郎

(5)  事故の態様 被告が加害車を時速約四〇粁で運転中、前方左側を同方向に進行する被害者を追越すに当り、追越合図をし、間隔を保持する等の注意義務を怠つたため、加害車の前部左側を自転車に接触転倒させた。

(6)  傷害 治療九日間の頭部外傷後遺症、頸椎背椎症、頸椎捻挫等なお右半身知覚異常、右上肢筋力低下の後遺症

二、損害

逸失利益

(イ)  原告の職業 猟犬訓練師(他から委託を受けて猟犬を訓練する)

(ロ)  事故当時の月収 二万円(収入五万円に対し、生活費は六割で、純利益は二万円)

(ハ)  喪失率 一〇〇%(事故後廃業している)

(ニ)  可働期間 一五年(事故時五四才、平均寿命六九才まで)

(ホ)  損害額 ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して、三五三万一〇六八円

三、責任

(1)  被告鉱二は、右運転者としての過失に基づく不法行為責任を負う。

(2)  被告春枝は、原告に対し昭和四一年八月頃原告の後遺症損害につき、その支払を保証した。

四、一部請求等

右損害額中一〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日である昭和四三年一月二二日以後の遅延損害金の支払を求める。

第三、答弁

一、原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求原因第一項中(1)(2)(3)(4)は認めるが、(5)は争い、(6)は不知。同第二項は不知。同第三項は争う。

三、抗弁

(1)  示談成立

昭和四一年八月三一日、原告と被告鉱二との間に全損害につき示談が成立し、これに基づき被告は七万六八一四円を支払つた。

(2)  過失相殺

かりに被告鉱二に過失があつたとしても、被害者たる原告にも過失がある。すなわち被告は進行前方に駐車中の自動車があり、また反対方向から自動車が進行して来たので、後者の通過を待つて駐車中の車の右に出たところ、原告自転車も安全を確認せず漫然出て来たので、駐車中の車と被告車に挾まれたものである。

第四、証拠 〔略〕

理由

一、請求原因第一項(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがない。

二、請求原因第一項(5)については、〔証拠略〕を総合すると、原告主張どおりの事実を認めることができる。ただし、被告車の前部左側でなく、左側後部と接触したものと認める。

三、請求原因第一項(6)の事実は、〔証拠略〕によつて認められる。

四、請求原因第二項の事実については、原告本人の供述により、当時猟犬訓練師を業としていたこと、月収は内輪に見ても四万円あつたことが、〔証拠略〕により、原告は明治四四年五月二〇日生れであつて、当時五四歳であつたこと、後遺症の程度は労災補償保険級別一二級に相当することが、それぞれ認められる。この種の労働は、六〇歳まで(事故後六年間)稼働可能と考えられ、後遺症による労働能力の喪失は原告本人の供述も勘案して三分の二程度と認められる(原告本人の供述には、自家の犬以外の犬に対しては全然労働能力―訓練能力―を失つた旨の部分もあるが、この部分は措信しない)。そうすると、五分の中間利息を控除した場合の喪失額は、年別ホフマン式計算では、

480,000×2/3×5.1336=1,642,752すなわち一六四万円(万以下切捨)となる(ちなみに、原告は、生活費を控除しているのであるが、死亡した場合と異なり、その必要はないと考えられる)。

五、前記認定の事故において、被告鉱二が前方に進行する自転車を認識しなかつたとの同被告本人の供述は措信できず、同被告としては、自転車を追い抜きつつ前方に駐車中の車の右側を通過する際には、その自転車の動静をも注意すべきであつたのであつて、この点で同被告には過失があつたというべきであるが、同時に、自転車で進行していた原告としても、前方に駐車している自動車の右側に出る場合の右後方から接近する自動車への注意ないし速度の目測をゆるがせにした過失あることは乙第二号証によつて明らかであり、その過失割合は、被告六に対して原告四と見るのを相当とする。

六、ところで、被告らは、示談成立を主張し、成立に争いない甲第二号証は、これに副うごとくである。しかしながら、原告本人、被告鉱二本人の各供述をも参酌すると、右甲第二号証は、被告鉱二のいとこにあたる訴外藤野が同被告の代理人として原告と交渉するに当り、原告に印鑑の押捺のみをさせて、あとで所要事項を藤野が記入したものであること、原告は右捺印にあたり、「保険によつて休業補償をとつて貰うのに必要な書類である」とのみ認識していたに過ぎず、示談書記載内容以外の請求権を放棄する旨の意向は全然示していなかつたものと認められる。従つて、示談の抗弁はこれを採用できない。

七、請求原因第三項(1)の事実は、前認定から明らかである。そして、その賠償額は、前認定の損害額と過失割合から、九八万円(万以下切捨)となる(なお、被告らは、示談の抗弁と合せて、示談額の弁済をも主張しているが、右は治療費および休業補償であつて、本件において訴求せられている後遺症による将来の逸失利益の賠償としてなされたものでないと認められるから、控除することはしない)。

八、次に、請求原因第三項(2)は、〔証拠略〕によつて認められるが、その文面により、被告春枝が保証責任を負うのは自賠責保険によつて後遺症補償の査定の受けられる範囲に限る趣旨と認められるところ、原告は既に自賠責保険の後遺症補償費として昭和四二年一二月一三日に一三万円を受領したことは〔証拠略〕により明らかである。右の査定自体を争うとか(この場合には、その当否につき裁判所が判断すべきものである。)、その支払いが一部であるとかいうことは原告の主張しないところなのであるから、既に右の支払いを受けた以上、主債務自体が消滅したことにより、被告春枝の保証債務も消滅したといわねばならない(なお、この一三万円は、後遺症による慰藉料および逸失利益賠償の双方の性質を有する金員とみるべきであるから、そのうち、逸失利益賠償の性質を有する部分については、被告らの主張あれば、これを弁済として控除しうるものであるが、被告らはこれを主張せず、また本件では原告は慰藉料の請求をしていないことでもあるので、控除することはしない)。

九、以上を総合すると、結局、原告の請求中、被告鉱二に対して九八万円および訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一月二二日以降年五分の割合による金員の支払いを求める部分は正当であるからこれを認容し、被告鉱二に対するその余の請求、被告春枝に対する全請求は、失当であるから、これを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条九二条但書を、仮執行宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 倉田卓次)

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